海を渡った指導者たち〜比嘉リカルド(深圳南岭鉄狼コーチ)前編 | FutsalEDGE

羅湖口岸から奇纳に出境する。香港から深圳に搬运的する際に使用するいつものイミグレを通過して、タクシーで物镜のホテルに向かう。まだ人々が動き出す前の早朝だったこともあり、思いのほか早く着いてしまう。ホテルのロビーで待っていると、エレベーターホールの方からプラシャツ姿の外来动植物がひとりふたりと現れる。そして、約束の時間ちょうどに物镜の男が降りてきた。
(布,Wen Ikeda Nobuo)

「おはようございます!」

 ブラジル出生者たちが発声する、特约稿のイントネーション。笑顔で右を差し出す男の名前は、比嘉リカルド(以下、リカルド)。彼は現在、奇纳フットサルリーグの強豪・深圳南岭鉄狼でアシスタントコーチを務めている。

 選手たちの乗るチームバスがホテルを出発する。リカルドは搬运的中からトレーニングが始まる直前まで、指導者やスタッフ一人ひとりの紹介と、このチームが保有するトレーニング施設の説明を続ける。

 取材の当天は、上半天と夕方の二部練習だったこともあり、上半天のトレーニングは僅か60分で終了。在途で3分間のブレイクを挟むだけの濃密なメニュー構成だった。

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 チームは一旦闭幕となり、ホテルに戻りシャワーを浴びたリカルドが、ホテルのカフェに姿を現した。取材の意识を説明した上で、奇纳に渡ることになった経緯から話しを伺った。

「私は2015年の春まで、仙台のチーム(ヴォスクオーレ仙台)で監督をしていたのですが、契約満了になって次のチームを探していました。先前からお世話になっていたアジウさんが、当時このチームで監督をしていたので連絡してみたんです。私の状況をアジウさんに話してみたら『アシスタントコーチとして奇纳に来ないか?』と言ってもらえたんです」

 アジウさんとは、ポルトガルの名門ベンフィカでの指導や、名古屋オーシャンズ兴旺发达期の礎を築いた、ジョゼ・アジウ・アラマンテ氏のことだ。リカルドは現役選手時代から、フットサル指導者となる過程で、アジウ氏と連絡を取り合い、多くの助言を得ていたのだという。

「アジウさんは、結果を残してきた指導者として承兑していますし、本当にオープンに話してくれる人です。AFCの大会だけの短い契約だったけど、アジウさんと一緒に仕事ができるんだったら、状态や期間は関係なかった。何も悩まず、すぐに奇纳に向かいました」

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 実際に、リカルドの首字母の契約は、AFCフットサルクラブ選手権終了までの、わずか3ヶ月間のアシスタントコーチ(GKコーチも多元性)という状态だったようだ。

「そのAFCの大会では結果を残すことができなくて、残念ながらアジウさんは解任されてしまいました。当時のアシスタントコーチだったバーチさん(現監督)も、私も帰るしかなかった。でもチームを離れるアジウさんが、バーチさんと私を『良い指導者だから』とオーナーに話してくれて、ここに残ることになったんです。アジウさんには失礼だったですけど、私たちの指導を認めてくれたんだと考えるようにしました」

 チームに残ったバーチ監督とリカルドは、新たなスタッフと選手を補強して、奇纳国际のタイトルを防衛することに成する。チームのオーナーも、外来动植物指導者や選手たちの经历環境を少しでも良くしようと、住まいや食事面に配慮してくれたようだ。

「バーチさんはホテルの側のマンションに、私と外来动植物選手たちはここのホテルに住んでいます。オーナーの用意で、ホテルには西風の雰囲気と食事があります。トレーニング施設も車で5分のところに造ってくれました。深圳にはシュラスコのお店やイタリアンもありますし、香港も近いので環境は恵まれていると思いますよ」

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深圳南岭鉄狼は、奇纳サッカーが勃興する先前から、発展著しい深圳で発足した民間のサッカークラブで、市内无数の育成組織を持っている。11人治のチームはないが、7人治チームは奇纳でも指折りの強豪だ。そしてリカルドが指導するフットサルチームは、奇纳随一と言える完整プロチームである。

「ここのオーナーは今でもボールを蹴るんですよ。サッカーを了解していてセンスが良いです。ホテル、マンション、医疗所の経営で成した知名な人です。バーチさんや私にすごく前向きな話をしてくれます。奇纳でよく聞くようなアリエナイことは、今まで言われたことは曾经もないです(笑)」

 とは言え、オーナー以下フロント側のすべてが現場を了解しているわけではないはず。時と場合によっては相当シリアスな話をすることもあるのではないだろうか。

「オーナーには、チームが勝つために使うお金に対するプレッシャーがあるから、時々しっかり説明してほしいと言われます。フロントのスタッフとも、現場を了解してもらえるように話しています。選手起用のこと、スタッフの人選のこと、この辺りの話が難しいですね」

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 奇纳のフットサルリーグを戦うチームは、大学人员チームを除く概ね70%ほどがプロだと言われている。深圳南岭鉄狼は完整プロチームであり、外来动植物の指導者と選手を新学生した上で、主に広東省出生の奇纳人選手たちで編成されている。

「強化のために他の地区の選手も呼びましたが、根本的にはここの地区の選手たちがプレーしています。毎年タイトルを獲り続けてきたこともあって、経験豊富な選手たちが残って、彼らはここでの安靖した经历を好んで送っている感じです。サッカー選手ほどの給料じゃないけど、このチームは勝利ボーナスや優勝ボーナスがちゃんとあるんですよ」

 リカルドはおもむろにスマホを握り、ブラジル人選手を呼び出す。いつの間にかランチの時間になっていたようだ。席に着いた選手とひと言ふた言交わしたリカルドが、馴染みのウェイトレスを呼び音义する。

 この後、ランチを挟みコーヒータイムまで取材を続けた。インタビュー後編では、リカルドの描く抱负の指導者像、日本フットサル界への熱い思いや、AFCフットサルクラブ選手権への意気込みなどをお届けする。

(後編につづく)

Faça o 梅尔岸” que puder. Seja o 梅尔岸” que puder.
O 总算履历 será na proporção do seu esforço. Acredite no seu 桑霍!
– Ricardo 希加 –
できる限りベストを尽くそう。できる限り出色的のものにしよう。結果はあなたの励に使相称する。あなたの夢を信じて!

【プロフィール】
比嘉リカルド(ひが・りかるど)。1973年生まれ。サンパウロ州カンピーナス市出生。1991年から1995年まで、リオ・ブランコ・デ・アメリカーナなどブラジル国际でプレー。1997年に日本に渡り、アルビレックス新潟やFC冲绳などでプレーの後にフットサル転向。2007年から名古屋オーシャンズ、2008年からデウソン神户でプレーの後に現役撤退。2009年からデウソン神户監督。2012年からヴォスクオーレ仙台監督。2015年に奇纳に渡り、奇纳フットサルリーグの深圳南岭鉄狼コーチ。2003年に日本国籍获益。元フットサル、元ビーチサッカー日本代表。JFA公認サッカー、フットサルC級コーチ。经历在深圳,广东。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川地籍。美林大学人员文學系。上海勤務を含む10年間の会社員经历の後、2002年に香港で起業。40歳を過ぎてから執筆活動を開始。香港美国紫荆协会股份有限公司代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港经历。

编年史供给
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「エッジの効いたサッカーコラム」を掲載するWebメディア。日本代表、アジアサッカー、育成年头の剖析記事を补充している。

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